過去の自分を少し羨ましく思う事がある。
ふとした瞬間に過去の記憶をさかのぼり
その時の自分を客観的に見ようとしてみる。
若かりし故の不器用さというか
極論を振りかざして一点に向かってた純粋さというか。
その局面局面で限界まで自分を試す機会を作り
ものすごく小さなモノから自分自身を納得させる
だけの答えを何とか見つけ出そうとしていた。
何年か前、
ギターメーカーのライブイベントに誘われ
出演する事になった時、
実は当時バンドらしいバンドは何も組んでなくて
もちろん曲も全くない状態だった。
それなのに出演しようと思ったのは
きっと自分自身音楽の道に迷い、道そのものを見失いかけて
いたからだ。
強烈に自分を試す機会が欲しかったからだったと思う。
ライブまでの一ヶ月半の間
死ぬ気で曲を書いた。
そのライブが決まるまでは仕事に行って
家に帰って寝るまでギターを弾き
朝起きてギターを弾いて仕事に行って
もちろん帰ってきてまたギターを弾く。
一見ギタリストの鏡みたいな生活に見えるけど
実際はギターしか拠り所が無かったんやと思う。
半ば、病的な生活。
でも自分自身で己を試すためにライブを決め、
いままでギターの練習にあててた時間を
全て作曲に費やした事で、「発信すること」
「表現すること」を考えるようになった。
人前に立つ事を自分一人で決め、
それが簡単じゃないと分かってても、
もしかしたら自分自身に対し強烈に落胆してしまう結果になるかも知れないとー
ー音楽をやる上で全ての自信を失ってしまう結果になるかもしれないと
そう分かりつつも
ほんの少し、自分への期待があった。
昨日、何となくそのライブのDVDを見た。
明らかに今より痩せてて、明らかに今より影のある(笑)自分が映ってた。
でも衝撃やった。
自分で思った。「こいつこんなとこにいる奴じゃないなあ」って(笑)
ポップではない、明らかにネガティブ。
曲がめちゃくちゃカッコいいとかじゃ無い。
今の方がよっぽどいい曲も書けると思う。
でもその存在は危うくて、少し怖さを感じるくらいやった。
きっと病的な生活の中で
針の穴みたいな答えを探し求め、普通じゃない思考に向かってた
そういうオーラが、本人の意図しないとこから出てしまってたんやと思う。
常にスイッチがONの状態で、頭の中は音楽だけ。っていう空気が。
ああ、そういう時が自分にもあったんやなあ。
って羨ましく思った。
大人になると、色んな事を考え(音楽以外の事も)
物事を少し離れたところから客観的に見ようとしてしまう。
ある局面よりも大局的に物事を捉えようと。
きっとそれは人としての成長で、望ましいものなんやけど
表現者としては必ずしも好ましいとは言えないのかも知れない。
ある種の異常性。
もしかしたらそれこそ表現者にもっとも必要な要素なのかもしれない。
今の自分にそれがあるだろうか。
きっとこの映像の中の自分も
その当時、リアルタイムに自分の事を異常だと思ってた訳じゃない。
もし思ってたらそれは絶対に嘘やしアーティストぶってるだけのくだらない人間になってしまう。
だからきっと「あるがまま」なんや。
きっと過去の自分を少し羨ましく思う今の自分の存在も含め
それでいいんや。
そう思う。
今の自分は…、きっとこの先の未来の自分が振り返った時、
ジャッジされるべきもので、今意識すべき事じゃない。
ん?
でも意識してるなあ(笑)
こうありたいって
ん?
それも含め「あるがまま」なのか?(笑)
ん?
そう考えると何でもありか?
う〜ん、難し。
